선량한 차별주의자 / 김지혜 を読んで【韓国書籍】
62冊目
선량한 차별주의자 / 김지혜
善良な差別主義者 / キム・ジヘ
日本語翻訳版のタイトルは「差別はたいてい悪意のない人がする」です。

差別なのか、差別じゃないのか
プロローグからわりと衝撃を受けた本でした。
著者によると、気付かずに差別してしまう例のひとつに、”한국인 다 되었네요” があります。
「もうすっかり韓国人だね」といった感じのニュアンスで、外国人が韓国にとても慣れた言動をとったときに、たしかにこれはよく使います。
私自身も韓国で暮らしながら何度か言われた言葉でもあります。
定型句のようになっているので、おそらくこれを言う側は本当に軽い気持ちのことが多いと思うんですよね。
たいていは感心したり褒める意味合いで使います。
私自身はこの言葉を嬉しい気持ちで受け取った覚えがあり、プロローグを読んで「これが差別?」と若干不快に感じました。
当事者の私が差別だと思っていないのに、これが差別?と。
しかし、何故私がこの言葉を嬉しく思ったかをよくよく考えてみると。
認めてもらえたようで、仲間に入れてもらえたようで、嬉しい、という感情だったと思うんですよ。
우리(ウリ=私たち)に入った感覚?というか、もう私はアウトサイダーではないのだという感覚というか。
なので、韓国社会に馴染み始めた新参者であった私が言われて嬉しいのは当然として、
自分がその社会に根を下ろし15年生きて来た外国人だ…と仮定して想像してみることにしました。
すると、状況はガラッと変わることに気付いたんですよね。
差別か、差別でないのかは、ケースバイケースに成り得るのだという良い例だと思いました。
実践できること
差別に遭遇したときに、即座にそれを指摘するというのは、実際にはけっこう難しいことが多いですよね。
それについて、著者はこう語っています。
문제제기를 할 만큼 순발력이 없다면, 그런 상황에서 웃지 않는 것이 내가 할 수 있는 최소한의 소극적 저항이라고 생각했다.
선량한 차별주의자 / 김지혜
問題提起をするほど瞬発力がないならば、そういった状況で笑わないことが自分にできる最小限の消極的な抵抗だ、と。
本当にその通りだと思います。
差別に同調して笑わないこと、せめて真顔でいること。
これは胸に刻んで、今後の人生で心掛けていきたいと思います。
感想
さまざまな差別が描かれていて、ピンとくるものもこないものもあり、最後まで納得のいかない部分もありましたが、
それでもこういった本を読み、色々な立場に立って考えてみることは、とても意義のあることだと思います。
年齢を重ね生活が安定していくにつれ、考えも固定されて視野が狭くなっていく場合も多いと思うのですが、
意識して定期的にこういった本を読み、想像力の翼を広げ、他者への配慮を忘れない人間でありたいですね。
以上、「善良な差別主義者」の感想でした~!